どっとイブニング!(^^)!
2/10、2日目は雪がちらちら舞う中、6番札所「安楽寺」から参拝開始です。
ここはお大師さんによって温泉湯治の利益が伝えられた旧跡で山号は温泉山です。
この寺ではこんなお話があります。
昭和37年愛知県尾西市の水谷しづさんは脊髄カリエスの難病にかかり床についていました。当寺の住職は夫の繁治氏にしづさんを伴い四国遍路を勧めた。2人は四国遍路を決行した。
不思議なことに巡礼の途中にしづさんの難病が快癒した。現在の本尊・薬師如来像はその
報恩のために奉納され、43センチほどの古来の本尊は胎内仏として収められているそうです。
このお2人にとっては決死の覚悟で臨んだ遍路旅だったかと思います。
こういう不思議なことも起こり得るのが、神仏の世界なのかなと思ったりしました。
1番札所から7番札所は2014年8月にやまねこと一緒に訪れています。
シニア・ライフ報恩感謝のおかげ参りでした。
やまねこは10年前に心筋梗塞で三途の川を半分以上渡って帰ってきた人でした。
やまねこは神社仏閣での参拝の際に祈願はしない。
「ありがとうございます。ありがとうございます。」ただ、感謝の言葉を唱えるだけです。
「神仏の力で生かしてもらっているんだよ。」と日々良く言っていましたが、
神仏を信じ切る、神仏に任せきる、その姿勢を貫き通しました。
一緒に参拝しているときのやまねこの姿を思いだすと、まだまだ覚悟がたりない自分を
思い知らされます。
5番札所「地蔵寺」参拝時には雪雲はどこへやら、青空が見えます。
ここで、1つ札所に関して、私の思うところを書いてみます。
やまねこと札所を参拝中、やまねこがコンコンと急にせき込み始めました。
「さっきの団体の誰かが、念を置いていったぞ。わいから離れるなよ。」と言われました。
今回のお遍路旅でもお先達さんが「私より先に行ってはだめですよ。私の持っている錫杖で清
めますからその跡を歩いてきてください。」と言われていました。
寺とは特に札所では、人がいろんな想念を持ってやってきます。
それを置いていくのですから、寺とは念の巣窟です。その念が自分にくっついたらどうなる
か?
そして、なぜこの場所に寺が開かれたのか?(意外と奈良時代の行基菩薩によって開創された
札所が多いです。)札所の近辺には水銀鉱脈や、世界最大級のアンチモン(輝安鉱)の鉱山が
あります。土地の持つ強いエネルギーと関係があるように思います。
やまねこから「札所はエネルギーが強い、それはプラスにもマイナスにも働くぞ。」と言われ
ていました。
遍路旅をただのスタンプラリーのように考えてはいけません。
神仏に対する畏敬の念を持ち、参拝のルールを守ることが1番大事。
またそれによって、自分自身をも守ることになると思います。
とうとう1番札所「霊山寺」、結願寺です。お世話になったお先達さんと記念撮影です。
4月から始めた四国遍路、ずっとお世話になりました。
お遍路の心得をきちっと教えてくださりとても感謝しております。
お先達さんもこの道50年。この道に入ったきっかけとは・・・
「20代の頃、パチプロをしておりまして、体調を崩し入院したところ、50代になる
看護婦さんに、四国遍路をしたいので、ボディーガードをしてもらえないかと頼まれました。
バイトのつもりで、一緒に回り始めましたところ、今のように道は整備されてなく、
人、1人やっと通れるような崖っぷちの山道を歩いていました。こんなこともうできるか!
下山したらタクシー拾って帰ろうと思っていました。そうこうしていたら、1人の僧が歩いて
きました。すれ違った時にぽんと頭を叩かれました。その時、すこ~んと何かが抜けた。びっ
くりしてその僧を追いかけましたが、影も形もありません。あれはお大師だったのでは?と
思ったそうです。」
一本筋の入ったお先達さんで厳しかったけど、心穏やかに、安心して遍路旅をすることができ
ました。
良きご縁に恵まれ、無事結願できました。ただただ、感謝あるのみです。